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プチミニマリストの物の価値と老後に向けての取捨選択の考え方

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年代によって物の価値は変わる

自分の大切な物

私は年齢を重ねていくにつれて物の価値は変わっていきました。

これには人それぞれの価値観があると思うので、私「うぇすてりあ」個人の一つの意見と思ってください。

その考を押し付ける訳でもなく、すすめる訳でもありません。

私は今と10代・20代の時の自分の大切な物の価値というのは、大きく変わっていくのを感じます。

これは誰でも感じる事があるものだと思いますが、あらためて物の取捨選択を考えた時に強く思います。

例えば卒業アルバムの価値

10代・20代の時は卒業アルバムの価値ってかなり大切で、価値のある物でした。

それは自分の友達が近くに居るという仲間意識の中で、この学生時代の思い出は大切な物、その思い出の一つに卒業アルバムもその中の大切な物の一つでした。

なので10代・20代位までこの卒業アルバムは、老後になっても現物として持って置く物、捨てる事は無い物だと思っていました。

しかし最近、物の取捨選択をしてる時に、老後まで現物として持って置く予定だった、「卒業アルバム」は今の考えだと、友達との距離や仲間意識などの思い入れは昔より強いものでは無くなっています。

現物としては要らない物で、データにして保管するだけでも良いのではないかと、思うようになりました。

この考え方は10代・20代の時には絶対考えない思考だと思いました。

なので近々この「卒業アルバム」も処分すると思うので、その詳しい内容は記事にしようと思っています。

私の物は最終的に誰が捨てる?

私が大事に思って持ってる物というのは、私の思い入れがあるから持っているので、他の人からみれば単なる物の一つでしかありません。

今でも大事に持っているスノーボードのギアは、他の人からすれば、もう古い型のスノーボード用品にしか感じない物で場所も取るし、むしろ邪魔だからすぐに処分対象になる物だと思います。

ではそれを最終的に捨てるのは誰かといったら、できればこの先の老後を考えると私の手で気持ちを固めた時に手放したいと思います。

そう考えた時に「他の人に処分されてもしょうがない」って思える物は、そこまで持っておく価値は無い物だと思うようになりました。

この思考の元で取捨選択をすると、物の処分って結構、はかどる事がわかりました。

写真を処分した時も他の人からみれば価値の無いもの、私からすれば思い出の品、しかしこれを老後までまで持っておいて、「あと何回現物の写真を見る事があるだろう」と考えた時に見る機会は、ほとんど無いって事に気づきました。

このような思考も今の年齢だからこそ、思うようになった思考の一つですね。

終活に似てますが

今話題の終活に似ていますが、私の年代ではまだ死と向き合うというよりは、老後の事を考えた行動だと思うので「老活」とでもいいましょうか、60代・70代になった時にこれは必要な物なのかな?って考えがあると思います。

そこでの物の価値を考えた時の取捨選択に一役かってると思います。

なのでいずれスノーボードもいつかは手放す日が来るでしょう。

つまり歳に応じて必ず要らなくなる物が出ているので、定期的にこの取捨選択はしていきたいと思いました。

物は多くなると心の負担も蓄積されます。物が無いと心の負担も軽くなります。

これは物を処分した時にわかる感覚だと思います。

そうすれば、物も多くならずに、心もスペースも余裕のある生活が生まれるので、私の人生はよりゆとりのある生活がおくれるようになります。

この考えの元、近々思い出の洋服達も処分していこうと思っています。

今は大事な物と思っている物は無理に処分しようとせず、自分に問いかけた時に取捨選択をする事が大事だと思います。

それが極力なんでも物捨てるのではなく、あらためて歳を重ねた時に納得して手放す事が

「私のプチミニマリスト」だと思います。

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